秋の夜長は文字を読め

スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

神様ヘルプ!
最近は小ネタ集に逃げていたsivasixです。
ネタ切れ? いえいえ、ただ長文書くのめんどくさいし、
ウケがよくないかなあ?と思っていたわけで。
てなわけで、今回は多分短めに一つの話でいきますんで、
46497-(長くなるかもですが)

あなたは神を信じますか?
一昔前に、アチラコチラで聞かれたと思う、このセリフ。
僕は、むうう、迷うのですが、あまり信じてないかも。。です。
そういう存在がいる(ある?)かもと、心のどこかで
思ってはいますが、宗教関連でよく書かれているような、
全知全能でいて、人間や悪を赦してくれたもうみたいな神様は
さすがにいないんじゃないか?と思う次第でございまする。

神の不在証明はおいといて(面倒くさいので)、
神を信じる方々、宗教家や宗教について考えよう。
世界にはたくさんの宗教がありますね。
キリスト教・イスラム教・仏教・その他たくさん。
ここで一つお断りさせていただきます。
今回宗教について書きますが、批判的な意見も少々
含まれています。
ですが、僕は各宗の信じる、神や存在、その他の対象を信仰
することについては否定しませんし、むしろ素晴らしいことなの
ではないかとさえ思っています。
この辺を捉えて、誤解なきようお読みくだされば幸いと感じます。

「宗教」や「勧誘」と聞くと、あまりよくない顔をされる方は
多いのではないでしょうか。 それはどうしてでしょう?
信仰する心は素晴らしいものですし、宗派によっては慈悲に溢れた
心温まるような教えが、たくさんあるというのに。
オウム事件や各カルト教団を差し引いても、素晴らしい宗教は
たくさん存在しています。 それなのに、なんでなんだ?と
疑問に感じている宗教家も、よくない顔をする人同様に多いと
言っても過言ではないでしょう。
答えは一つ。
ある一つの教えを盲信するあまり、しつこい勧誘や危険な思想を
持つ輩も多いということです。

一つ例を出しましょう。
全てが全て、こういう人ばかりではないと信じたいのですが、
該当する方ごめんなさい、創価学会の話をさせていただきます。
創価学会は、日本最大級の宗教団体と言ってもいいくらい、
入信者数・規模・知名度が大きいですね。
以前、父親の仕事関係の学会人から、勧誘をうけたことが
あります。 最初はどうということなく、その人一人から勧誘を
うけていたのですが「入信を考えてみます」と甘い顔をしたのが
よくなかったのでしょうか、ある日から同じ学会員の方数人で
家を訪ねて来るようになったのです。
その日以降、その複数の学会員は、相当しつこく入信を迫って
くる日々が続きました。 僕が仕事から帰ってくる時間を
知られたらしく、仕事帰り後の2,30分後になると、満面の
笑みを浮かべ玄関先にやってくるのです。
父の仕事先の人の紹介とあって、無下に詰めたい対応をする
わけにもいかないし、玄関先でずっと喋っているのも悪いと
感じたので、ついつい家に上げてしまう事も多かったです。
それで、腹が減ってるし疲れてもいるので、心の中では
「早く帰ってくんねえかなあ。。。」と思っているんですが、
敵(?)も勧誘に必死なようで、長い時間教えの話を
聞かされたり、教えや宗教についてよくない顔をすると、
急に大きな声で語気を荒げたりと、2,3時間拘束されることが
しょっちゅうだったわけです。
「こりゃイカンな」とさすがに思い、ある日言っちゃいました。
「僕は入信するつもりもないですし、あなた方の失礼な振る舞い
にも相当辟易していますので、もう来ないでください」と。
強めの口調で言ったせいか、その場ではその学会員達は平身低頭で
謝ってくれたし、以後毎日のように来ることはなくなりました。
その後の訪問は、1週間に1回くらいになったのかな。
そのつど断っていたら、本当に入信の意思がないことをようやく
悟ったようで、二度と来ないようになりました。

勧誘の時にも言われましたし、その後に見た学会関連の文献や
サイトを周っている時に、こんな感じの言葉をよく見かけました。
「信じたり拝んだりすると人生が良くなったり、病気もなおる」
僕だけに限らず、ちょっと考えれば誰でも「嘘でしょう」と
わかるのではないでしょうか?
それに、こういう事なんじゃないかな?と僕は感じています。
病気が治った学会員などは、聖教新聞や学会関連の文献に載るけど、
それ以外は隠されている。 つまり治っていない方は載らないと。
その証拠を出せと言われても、はっきり言って無理ですけどね。
そういう疑問点をぶつけると、多分こう反論するでしょう。
「治らなかったのは、その患者の信心が足りなかったせいだ」
これに反論を言わせてもらえれば、信心の量なんて測れないし、
人それぞれ、その信仰の具合なんてバラツキがあるはずですよ。
例えその信心の量を測れたとして、Aさんにとっての信心が
50だとしても、その50はBさんにとっては100にあたる数値に
なるという、そんなことも起きてしまうのが当然では
ないでしょうか? それとも、お布施同様、形で見える信心が、
僕が気付かないだけで、学会内や他宗教には存在しているの
かな?と、疑問に思えてしょうがないのです。

神は多分いません。 造物主みたいな存在はいるかも。。ですが。
誰かの歌にあったように、信じる者だけ救う神様はゴメンですし、
他宗の信者を攻撃したり批判する信者も消えてください。
時に大災害で何万人もの犠牲者が出たり、人類同士で殺しあう
ような兵器や道具を造りだせるように我々を造ったのなら、
それは神ではなく、悪魔と呼んで差し支えないでしょう。
その方が、よっぽど今の悪状況を理解できますしね。。。


はい、今日は神や宗教の話で一本でした。
予想通り、かなり長めになっちゃいましたね。。。(^^;
次回からは、また小ネタ集に逃げようかな?と思います。
梅雨空同様、どんより話の読了、ありがとさんでした(^^)
スポンサーサイト

コメントの投稿

 管理者にだけ表示を許可する

>ジミにぃ
造物主みたいな存在がないと、どうしても
この宇宙ができた理由っつうか、
自分らの存在が信じられないと感じてます、僕は。
無宗教なのは、多分日本人の殆どがそうで、
外国ではあまり感心されないことかも知れないですけど、
それが日本人の良さなのではないでしょうか。
良いところは取り入れて、悪い部分は排除して。。。みたいな。

>しろくまっち
アアン、待ってたんですわよ、しろ様。。。ポッ(爆)
心の拠り所、それは人によっては神様だったり占いの結果だったり
愛する人だったりします。
ただそれは、その人個人のことであって、他の人に強要することではないのです。
「薦め」や「どうかな?これ」レベルの話なら良いとしても、
強要は止めてほしいと思いますよね。
最後の「おい!!」、ちょいとビビりました。。。(^^;

>ララさん
何かの商品ではないですけど、ホント、良いものなら
自然と人が集まってくるはずですよね。
それなのに来ない理由に気づかない内は、
他聞に胡散臭い目で見られ続けることでしょう。
神は、自分の心の中にいるのです(^^)

>アニィ
今日はカラフルですな。
神の存在を大昔に感じた人々って、実は凄いと思うわけで。
イソギンチャクや目の無い生物が、視覚の概念を想像できちゃうようなものですから。
宇宙や科学の存在も、それに近いものがありますけどね。
教団の代表が、何であんなリッチな生活してるのかを
疑問に思うような信者はいないんでしょうかね、ビジネス教団は。

>makiさん
昔の友人や知人から、宗教やマルチの勧誘されると凹みますよね(^^;
自分はそういった経験はないのですけど、
一度某アム○ウェイの、表彰式みたいな会場に
知的好奇心から、冷やかしに行ったことがあります。
まあ面白かったです。 今テレビで放映されてる、
リーブ21の表彰式みたいな雰囲気でしたw
嗚呼、makiさんの心の中に忍び寄りたひ(sivasix 32歳 埼玉県)

sivasix | URL | 2007/07/04/Wed 06:50 [編集]
子供を連れてショッピングをしていると
宗教の勧誘にあうことが多いです。
『子育てのことや家庭のことでも
何か悩みがありましたら、こんな集会を
しています。もし良かったら。。』

埼玉でお勤めをしていたとき、離婚のことを
知った仲の良かった同僚からは
『うちのお母さんがこういう活動をしてるんだけど、悩みとか話にこない?』
びっくりしたけど、これにはすごく凹みました。

宗教は心の隙間にうまく忍びよるものなんだぁって。。
忍び寄ってもダメだぞ♪v-238
maki | URL | 2007/07/01/Sun 15:59 [編集]
まじめな話、Oh my GOD
人間なんて弱いもんで
辛いときや、寂しいときに
なにかに縋りたい気持ちになる
そんな心が神を作りだしたんやろう
(と思う)

人間なんて弱いもんで
自分の縋るもんに同調してくれる人を
求める、それも多い方が安心する
そんな心が、宗教を生み出したんやろう
(と思う)

人間なんて現金なもんで
人が集まるとそれをビジネスに繋げたくなる
そんな心が、オカルト教団を生み出しとるな

読了ありがとうございました(パクリ)



ichigo | URL | 2007/06/30/Sat 01:27 [編集]
自分信じないで、宗教に走るのがおかしい。
本当にいいものなら、勧誘なんてしなくても
自然に人が集まるはず。

信じるのはいいけど、すがって生きるのは嫌
神様は神社にいるんじゃないの?
ララ | URL | 2007/06/29/Fri 23:41 [編集]
「神頼み」という言葉があります。
実に都合のいい習わしで、例えば・・・

交通事故にあっても、死ななかったのは祈りのおかげとか、怪我をしても骨折ですんで後遺症も残らなかった。。。とか。

たしかに、まぁ、拠り所ではあると思う。

ただねぇ。。。
話変わるんかも知れんけど、言い方が気に入らん時が有る。
「知らないままで、居ることは不幸です。」
とか。
「見もしないで否定するんですか?」
みたいな言い方。

あほな。。。
生きてるうちで、知らずに済むことなんて、山ほど有るわい。

それが不幸であったり、不運であるはずはどこにも無い。
すれ違った人間の全員のことを、知らずにいることは、失礼で不幸なことなんか?

おい!!
しろくま | URL | 2007/06/29/Fri 12:12 [編集]
自分もある意味無宗教ですが…この世界を創りあげた?何らかの存在は信じてます。その事は多分ひとつだけの真理だと思ってます。それに気付いたのがキリストや釈迦やマホメット等の最初の教祖達では?と…然し時代が下るに連れどんどん歪んでいき信者の数や規模が重視されそこに権力が生まれてしまった…本当は信者って皆同じ立場だしランクがある自体変な事と思います。真理を悟れば誰も同じだし、そこへ向かう人も…なのに教えてあげるって感じや自分達の教えが全て正しいと言う時点で今の宗教は間違ってると思います。結果政治や自分達の利益に利用されるだけのものになってしまった。そう感じてます。長くなったな(笑)まだ有るけどここまで。
ジミへん | URL | 2007/06/29/Fri 10:40 [編集]
トラックバック
トラックバック URL

Copyright © siva Culture. all rights reserved.
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。